先日
怒って夕ご飯を食べずに塾に行ってしまった
息子の話を書きましたが(→こちら)、

その晩、私がお風呂から出てみると
息子が帰って来ていて、ごきげんニコニコ で大根ごはん食べてました。

『あ、よかった・・・・・
と、一安心。
食卓でバカ話してる息子と娘に私も加わって、3人でバカ話。

幸せでした。

私がそもそもホメオパスとして
女性やお母さん達やお子さん達をサポートしたいと思ったのは、
自分の思いとはうらはらに
自分の生き方や子育てがうまくいかない・・・・・
という経験があるからです。

かつて
子供達の姿をそのまま受け入れることができず、
よかれと思って厳しく注意したり、
八つ当たりしたり、
はたまた
子供の態度に逆ギレしたりと、
まあ、一通りのひどいことはやってまいりました。

今、ちょっと詳細を書く勇気はないけれど、
心身ともに疲れ果てていた頃
一歩間違えば虐待寸前、だったこともあります。

子供達の心を傷つけてきた自分。
ほとんどは
自分の中の心の傷を子供達に投影していただけ
子供達の性格、言動が
『ダメな自分』をそのまま見せられているようで、
苦しくてしょうがなかったのです。

そう、
子供達が悪いのではなく、

「人見知りの自分は人間としてダメ」
「勉強しない自分は認めてもらえない」
「ベタベタ甘えられるのはイヤ、自分は我慢してきたのに」

エトセトラ、エトセトラ・・・・・

子供達が日々見せる姿に自分を重ね、
未解決の自分の中の心の傷を刺激されて、つらかったのです。

ホメオパシーを始め、
ようやく
自分というものが以前よりもはっきりと見えてきた頃、
子供達を傷つけてきたであろう自分の言動に
罪悪感でいっぱいになり、
考えるようになったのが、

どうすれば、自分のやったことを償えるのか

以前よりも自分の内面がわかるようになってからも、
子育ては24時間営業ノン・ストップ24 なので
どうしても
キーキー子供達とぶつかることもしょっちゅう。

そのたびに
夜、子供達の寝顔を見ながら、

「許しておくれよぉ
どうしたら許してもらえるかなぁ。
自分がやってきたこと、どうやったら償えるかなぁ

と、自分の枕を涙でベシャンベシャンにしたもんでした。

でも、数年前、

償うという思いはすっぱり捨てたんです。

ただ申し訳ない申し訳ないと思って
罪悪感を全身にみなぎらせて
何をしてやったら償えるのかを考えることに
自分のエネルギーを持って行くのではなく、

子供達に2度と同じことをしないために、
いやいや、「~しないため」ではなく、
純粋にもっと楽しい親子になるために
この人生を一緒に過ごす仲間ならもっと楽しくなれるように

親として
一人の人間としての自分が変わることに
エネルギーを使おうと決めたのです

償うという思いや行為。

一見尊いことに見えるけれど、
これからのメッセージは

「あなたにこれだけやってあげるから(償うから)、
許してくれるわよね」

だったりするのです。
一見、親の愛にあふれた行為のように思えますが、
実は
親の罪悪感付きの愛情を子供の心に注ぎ込み
さらに許しを要求する
という行為でもあるわけです。

子供というものは
親が絶対の存在です。
どんな親であろうと、大好きです。
自分の親を幸せにすると決めて
子供は天からやって来て、お母さんのお腹に宿り、
生まれてくるのだそうです。

だから、子供は
「償う」ということを親からされると
拒否できないのです。
そんなこと頼んでないのに、と思いながら
自分にとって一番大事な親がそう望むならと思って、
受け取るしかないのです。

でも、
後ろに罪悪感がもれなくくっついている愛情は
子供にとっては
本当に息苦しい
それでも受け取らなければ更に親が傷つくと思って
受け取り続けますが、
途中でどうにも苦しくなって声を上げると言われるのが、

「これだけやってあげたのに」

もう、子供は立つ瀬がありません。
親のやることを受け取れない自分を責めるか、
下手をしたら、大好きなはずの親に対して、
「おととい来やがれくらいの気分になります。

親は償っているつもりで
実は
子供の首をきゅうきゅうに締めているのもしれないのです。

親が自分自身を振り返ることなく、
真に子供の立場に立つことなく、
ハグして愛していると言っても
償おうとしてこれだけやってあげたのにと思っても、
子供の心には響かないのです。

本当に子供達の心に届くのは
その心に響くのは、
親が自分自身を見つめ、変わっていこうとする姿
親自身のこの人生を大切に生きて行こうとする姿ではないかと
私は思います。

うちだってそりゃあもう、今でも、
毎日の生活の中で
親子のちいさなもめ事、いさかいはたくさんあって、

相変わらず
息子が私の言動に舌打ちして、むかつくこともあれば
娘に助言しても無視されることもあります
プチ切れて、バクハツ する こともたま~にありありです。

でも、

基本的に子供は一人の人間、独立した人格であり、
親の所有物ではなく、それぞれの人生があるということ。
親の思う通りに動くのが子供の生き方ではないということ。

そして、
子供がその言動をもって
親の中にある心の傷をはっきりと見せてくれ
その傷を乗り越えるきっかけを与えてくれているということ。

私はそれを肝に銘じて、
まず
自分の心の傷やインナーチャイルドを癒し、
自分が変わっていこう

日々思うのです。

実際に
「償う」という思いはすっぱりと捨て、
過去に自分がやってしまったことはすべて
「私がやったこと」と自分の責任として受け入れ、
自分自身の内面を深く見つめて変わろうとし始めてから、

子供達のそのままの姿を
以前よりも受け入れられるようになってきました。

そりゃ、むかつくこともしょっちゅうで、
親として失敗やらかすこともしょっちゅうだけど~、
子供達の自分に似ているところも
子供達自身の個性も

「あ、おもろいじゃん
こんなのもありか。 楽しいじゃん

と思えるようになってきました。

自分の人生、この子達のいる人生、楽しいなあって。

自分達は
親子としての信頼を少しずつ築いていってると思うのです。
完璧じゃなくていい。
完璧にならなくてもいい。
子供も親も。
ただ、その努力をしていくことが大切。

その努力とは
親が自分自身の心の傷を癒し、変わっていこうとすること
そう決心すれば、その方向に心も物事も動き始めます。

そうすることが
長い目で見て
家族の信頼をつくっていく礎になり、
子供達が一人の人間としてしっかり立てる礎になり、
いつか子供達が自分の家庭を持って自分の子供を持った時に
信頼や幸せを連鎖させていけるのではないでしょうか。

人との間の、そして親子の間の幸せの連鎖を起こすサポート、
これからもホメオパスとしてやっていきたいと思ってます。

一緒に楽になって、
自分の大切な人生、
人といろんなことをシェアする人生、楽しみましょうよ  

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